賃貸の原状回復の意味を知ろう!ガイドラインや事例で明快解説

  1. 原状回復
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借主退去時の原状回復は必ず行うべきですが、その費用負担範囲を十分に理解しないと、借主が負担すべき回復費用を言い逃れされたり、逆に不当に請求してしまい訴訟を起こされたりと、余計な出費やトラブルを招く可能性があります。

そこで原状回復の定義や範囲を、多くの貸主や借主が参照する国土交通省発行のガイドラインを元に、建築のプロである一級建築士が実例を交えながら解説します。

また負担範囲だけでなくトラブル防止の具体的なテクニックもお伝えしているので、ぜひ最後までお読み頂き、投資物件の損失を抑えるために役立ててください。

 

原状回復を把握しないとトラブルを招く

原状回復とは入居者が退去した後に部屋の損傷や汚れを補修することを指し、その費用は借主、貸主とそれぞれが適切な範囲で負担するものです。

しかし以前から賃貸仲介業者の一部に「とりあえず修復でかかるものは借主に全て請求してしまおう」という考えが根強く存在していました。

ところが現在は誰でも気軽にネットで民法や後述する国交省の指針などを参照できるため、不当な費用請求であれば拒否したり訴訟を起こしたり借主が年々増加しています

このため仲介業者が言うがまま借主に費用請求をしていると、想定外に回復費用を負担することになったり、訴訟を起こされ資金や時間を奪われたりする危険性があります。

これからの賃貸運営では貸主も原状回復を十分に理解し、自身でリスクを回避することが求められる時代となっています

 

判断基準となる「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」

原状回復の責任範囲をしっかりと理解するために、必ず目を通しておきたいのが国土交通省の発行する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(※以降ガイドライン)です。

国土交通省:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html

これには法的拘束力はありませんが、過去の賃貸訴訟における数多くの判例を弁護士などの法律の専門家がまとめたものであり、もしそぐわない費用請求で訴訟になった場合は敗訴する確率が非常に高いからです

しかも壁や床などの具体的な損傷を誰が負担するかや、経年劣化による費用割合の考え方など、かなり具体的かつ詳細に示しているため、負担範囲を毅然と借主に主張する上でも有効利用ができます。

以降では、ガイドラインで示されている原状回復の示す意味と、貸主と借主がそれぞれ責任を負うべき範囲を解説していきますので、賃貸物件を所有している方はぜひ一度目を通すことをお勧めします

 

劣化や通常使用の損耗は貸主負担

まず前提となるのが通常の使用をしてできる傷や汚れ、あるいは経年劣化の修繕は借主に原状回復義務は無く、貸主が負担すべきという点です。

例えば普通に歩いて床にできる摩耗や僅かな擦り傷は人が使う建物として提供している以上、常識的な使い方をしていても必ず起こるものであり、その減価損失分は既に賃料に含まれているという考え方に基づいています。

従来はこの通常使用の範囲、程度の判断が難しく争点になることが多かったのですが、ガイドラインではそれらを詳細に例示しており一般の借主でも容易に判断ができるようになっています

トラブル防止の意味ではこの部分だけでもガイドラインを読む価値は十分にあると言えるでしょう。

 

原状とは借りた時の状態ではない

国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」より引用

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf

そしてもう一つ重要なポイントが、原状回復とは入居した当時の状態に戻すことではないという点です。

既に述べましたが劣化や通常使用の損傷は原状回復義務が借主にはないため、回復が行われる時までに劣化した分は除いて考えることになります

例えば借主が壁紙を傷付けたのならその回復費用を全て借主が負うのではなく、入居時から回復を行う時点までに劣化した分の価値を差し引いた上で請求すべとしています。

これは過去の最高裁判決でも示されている判断であり、請求費用算出のベースとなる考え方であるため十分に理解をしておきたいところです。

 

故意や過失は借主負担

一方で借主が故意や過失で作った損傷や汚れは、当然ながら相手方の費用負担で原状回復を行います。

また通常使用を超えるような損耗、例えばペットを飼ったことによる臭いや傷、タバコのヤニや臭いなども借主負担で修繕すべきとしています。

これらの借主が負担すべき損傷の回復費用は高額になることが多いため、不要な費用負担を起こさないようしっかりと責任範囲を把握することが重要です。

ただし繰り返しになりますがこれらの原状回復で要する費用の内、経年劣化や通常損耗分は差し引いて請求することになるので注意してください。

 

注意を欠いて悪化させた分は借主負担

賃貸において借主は民法で定められた「善管注意義務」と呼ばれる、一般的に考えられる注意を払いながら利用する責任を負っています。

例えば雨漏りで天井にできたシミや、結露や日焼けでフローリングが剥がれたなどの補修費は貸主が負うわけですが、借主がそれに気付きながら何も対策や連絡を取らずにいたため被害が拡大したなら、その費用の一部を請求できる可能性があります。

また一般的に行うべき清掃や手入れを怠って汚れなどを悪化させた場合も、借主にも責任があると言えます

例えば台所の換気扇の掃除を怠り、油汚れが簡単に取れないほど付着してしまったのなら、その清掃費用の一部を請求することも当然の権利と言えます。

あまりにも使用状態が悪いため清掃や修繕の費用がかかるようなら、借主に請求することも検討するべきでしょう

 

ガイドラインが示す責任事例

ここではガイドラインで示されている、代表的な損傷の責任範囲をご紹介します。

実際のガイドライン内ではより多くの事例がその根拠とともに簡潔に掲載されており、さらには裁判での判例も解説しているため、トラブル防止のためにもぜひ目を通すことをお勧めします。

 

床や畳

◯借主負担

・カーペットに飲み物をこぼしてできたシミ

・冷蔵庫下のサビ跡

(拭き掃除を怠ったと考える)

・雨が吹き込んだことによる床材の色落ち

・椅子のキャスター跡

(一般的に傷が付くと理解されている)

◯貸主負担

・家具の設置による床・カーペットのへこみや跡

・床や畳の日焼け

・建物の欠陥による雨漏りでできたシミ

(ただし借主が通知義務を怠った場合を除く)

 

壁紙(クロス)

◯借主負担

・タバコのヤニや臭い

・台所の壁紙の油汚れ

(拭き掃除を怠ったと考える)

・結露を放置したことによる壁紙のカビやふやけ

・エアコンからの水漏れによるシミ、カビ

(借主設置だけでなく貸主設置も含み、善管注意義務を怠ったと考える)

・壁下地ボードの交換を要する穴

(釘穴やネジ穴も含む)

◯貸主負担

・壁紙の日焼け

・テレビや冷蔵庫の背面の壁紙焼け

・壁に貼ったポスターなどの日焼け跡

・  〃        の画鋲跡

・エアコン(借主設置)の日焼け跡

・  〃       の固定ビス穴

(エアコン設置は通常使用の範囲と考える)

 

回復費が高額で注意が必要な被害

ガイドラインでは借主が負担すべきとされていますが、回復費用が高額なため退去時に支払いを拒否するなどのトラブルが多く、注意が必要な被害をご紹介します。

特にこれらの回復は次の入居者を募集する上で非常に重要になるため、費用を確保し確実に実施しておきたい内容です。

 

ペットの傷や臭い

ペットによる傷は壁紙だけでなくその下地まで達することが多く、当然回復費用が高額になります。

また傷以上に厄介なのが臭いであり、完全に除去するには尿が染み込んだ下地や構造部の交換もあり得るため、一般の方が思われている以上に費用がかかります。

予防策としてはもちろんペットを禁止することになりますが、ペットが付けてしまう建物被害やその回復費用を安易に考えている方も多く、こっそり飼ってしまうことを防ぎきれません

そこでペットを飼ったら違約金を請求する特約を付けたり、ペット被害の修復費用の相場を契約時に借主に伝えたりすることが考えられます

特に契約時に費用を伝えておくことはガイドラインでも推奨されており、一定の効果が期待できるのでぜひ検討してみましょう。

 

タバコの臭いやヤニ

タバコの臭いや黄色いヤニは付着範囲が壁、天井、床と広範囲に及び、クリーニングで取り切れない場合は壁紙の張り替えとなって高額な回復費用がかかります

非喫煙者が圧倒的に多い現代では、しっかりと消臭やヤニの除去を行なわないと、次の入居者に敬遠されることにつながってしまいます。

対策としては禁煙の契約にしておくことが有効で、喫煙されたときには用法違反として被害請求できます

喫煙可にしておいて原状回復を求めると臭いを感じる感じないや、どこまで回復を行うかで揉めるケースもあるため、契約に織り込む方が安全です。

ただし入居者層によっては禁煙物件とすることで新たな入居者が入りにくくなる恐れもあるため、仲介業者と良く相談しながら判断する必要はあるでしょう。

 

東京ルールの「賃貸住宅紛争防止条例」

国交省のガイドライン発行以降も原状回復のトラブルはなかなか減少せず、特に物件数の多い東京都ではさらに増加傾向にあります。

そこで2004年に都が独自に施行したのが「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」いわゆる東京ルールです。

東京都住宅政策本部:「賃貸住宅紛争防止条例」

https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/juutaku_seisaku/tintai/310-0-jyuutaku.htm

これは原状回復における法律上の解釈や過去の判例に基づいた考え方を、物件取引時に宅地建物取引業者が借主へ書面化して説明する事を義務付けたものです

この条例では前述のガイドラインに沿って以下の4点を説明すべきとしています。

①退去時における通常の住まい方による損耗等は貸主負担、借主の故意、過失、通常外の使用などの損耗は借主負担。

②入居中の修繕費用は原則貸主負担、ただし明らかに借主に原因があったり、契約時の特約で定められていたりした場合は借主負担。

③契約時の借主負担に関する特約があればその事項。

④入居中の設備などの修繕や維持管理についての連絡先。

これらに従わない場合は宅建業者に指導勧告が行われ、さらに従わないと会社名や代表者名が公表されます。

貸主に直接罰則が及ぶ訳ではありませんが、公表にまでなれば入居者募集に大きな影響を与えるため、仲介業者がしっかりと実施しているか確かめておきましょう

また全国的にもトラブルを未然に防ぐ方法として取り入れる仲介業者が増えており、東京都以外の物件を所有されている方も検討してみる価値はあります。

 

トラブルを未然に防止するポイント

借主が負担すべき原状回復を拒否されると費用や時間を無駄にしかねず、場合によっては精神的にも消耗する恐れがあり、極力避けたいものです。

そこでここからはそういったトラブルが起きないよう未然に防止するためのポイントを、いくつかご紹介します。

 

一戸建てオーナーが配慮すべき点

一戸建て物件では他の入居者の目がないため、特に入居が長期に渡ると外回りや庭を自由に使う者が出てきます。

例えば日除けの取り付けで外壁に穴を開けたり、植木鉢を置いて外壁にツタを這わせてしまったりする行為です。

あるいは敷地内に廃タイヤや使わなくなった自転車などを置いて退去する者もおり、いずれも回復には費用がかかります。

こうした事態を未然に防ぐには原始的ですがしっかりと巡回し、上記のような兆しがあれば借主に声掛けをすることが大切です

ところが一戸建て物件は比較的長期入居者が多いため、管理をおざなりにしてしまう管理会社もあります。

貸主側も任せきりにするのではなく書類を伴った定期的な報告を求め、十分に管理することが一戸建て物件では重要だと言えます。

 

原状回復確認リストの活用

原状回復の費用請求で比較的多いトラブルは、借主が「入居した時からその状態だった」と主張するケースですが、これは入居時の記憶が曖昧なことに一因があります

そこで先のガイドラインに掲載されている原状回復確認リストをぜひ活用してみてください

このリストは入居時に既にある傷や汚れを借主に記入してもらった上で、双方で持ち合い、退去時に確認することで記憶違いによる費用負担のトラブルを減らすことを目的としています。

さらにリスト記入時には図面上に損傷の位置や状態を記し、可能な限り写真に残しておくこともガイドラインでは推奨しています。

手間に感じるかもしれませんが、トラブルになった時の時間やコストのロスを予防するために、保険の意味で行っておくことをお勧めします。

 

敷金ゼロはトラブルを招きやすい

入居者を集める上では売り文句になる敷金ゼロの物件ですが、退去時の原状回復費請求ではトラブルになりやすいため注意が必要です

従来の事前に敷金を預かる方法だと、退去時に新たな回復費用を用意する必要が無かったり額が少なかったりするため、比較的借主が請求に対して納得をしやすいです。

ところが敷金ゼロ物件では回復費用が発生するとその全てを用意せねばならず、資金の苦しい借主の中には支払いを拒否する者も現れます

入居者の募集で目を引く敷金ゼロですが、退去時のリスクを抱えていることを十分に承知した上で採用するようにしましょう。

 

原状回復の時効は1年以内の請求で10年

借主に原状回復が賠償請求できる期間は、退去から1年以内に訴訟や内容証明などによる請求を行うことで10年が時効となります

本来賠償請求権は損害発生から10年が時効ですが、賃貸借で損傷などを知るのは退去時であり、発生から10年経過だと時効になってしまう恐れがあるため、特別に退去から10年と民法で定められている点は把握しておきましょう

さらに消滅時効のように請求を起こしても時効の中断や停止はなく、あくまで退去時から10年となることも注意が必要です。

ただし何年もかけるよりも、なるべく当事者の記憶などが明らかな内に解決へ動いた方が速やかな回収に繋がるという点もご承知頂くと良いでしょう。

 

原状復旧・原状復帰・現状回復の違い

原状回復について調べていると原状復旧・原状復帰・現状回復など、微妙に異なる言葉を目にしますが、退去時に借主が付けた損傷を修繕する意味で使うのであれば、原状回復が正解です。

原状復旧とは直す工事行為そのものを指しており、建築作業においては壊れた物を直すことを復旧工事と呼ぶことから由来しています。

また原状復帰とは工事を行い元の状態に戻ったことを指し、「しっかり補修して原状復帰した」などの使い方になります。

最後の現状回復ですが、現状は字のごとく現在の状態を指し、そこへ回復させるというのは言葉の意味が通りません。

少なくとも建築の現場で使われることは無いため、恐らく原状回復の誤字だと思われます。

 

まとめ

賃貸物件において原状回復は、適切な範囲を把握しておかないと予想外の費用負担や訴訟に発展しかねない、重要な定義となりつつあります。

その点で国土交通省発行のガイドラインは単なる行政の指針ではなく、中身は現実の訴訟の判例集となっているため、積極的に参考にすべきでしょう。

またトラブルを未然に防ぐことが原状回復におけるあらゆる損失を減らす特効薬です

転ばぬ先の杖としてそちらもしっかりと配慮することをお勧めします。

【記事監修】 山田 博保

株式会社アーキバンク代表取締役/一級建築士
建築業界での経験を活かした不動産コンサルティング及び建築、不動産に関わるWEBメディアを複数運営。Facebookお友達申請大歓迎です。その他、建築や不動産、ビジネスモデル構築に関するコンテンツは公式サイトより。

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